Posted by khoinghiepclub.net on 2月 17th, 2014

お葬式とか、葬儀というモノは慣れることが無いですね。人の死とはいつでも悲しいものですし、なかなか好きになれるものではありませんね。しかし、最近こう思うように成りました。「お葬式や葬儀がなかったら、人の死はもっと悲しい物になるんじゃないか?」って。
なぜなら、葬儀っていうのは、故人に対して行うというよりもむしろ、生きているものが「あの人はなくなったけど、明日からも生きていこう。」って踏ん切りみたいなものをつけるための行事だと思ったんですよ。ですから、この踏ん切りをつけるタイミングがなかったら、いつまででも悲しいままかもしれないと感じるように成りました。

最近、妻が亡くなりました。大阪で知り合いまして、お互いに大阪出身ではないことで意気投合。それから付き合いはじめ、結婚。なれない、大阪後でしたがいつの間にか居着いてしまい、妻は大阪の血に骨を埋めることと成りました。
妻が亡くなった時、悲しくて仕方がなかったのですが、自分に踏ん切りをつけるためにも、妻のためにも素晴らしい葬儀を演出しようと思いました。
今回のお話は、そんな私の努力と踏ん切りのお話です。大阪の葬儀情報も、合わせて伝えることができたら幸いです。

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